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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)3254号 判決

控訴人

澤田君代

澤田賢治

平野達也

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

工藤雅史

被控訴人

澤田ノリ子

澤田章代

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

小早川輝雄

小早川龍司

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人澤田ノリ子は、控訴人澤田君代に対し九六万三四一九円、同澤田賢治に対し九〇万五〇一九円、同平野達也に対し一〇八万三一八二円、及びこれらに対する平成五年五月二八日から各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人澤田章代は、控訴人澤田君代に対し二二万八〇五八円、同澤田賢治に対し二一万四二三四円、同平野達也に対し二五万六四〇九円、及びこれらに対する平成五年五月二八日から各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人らの主位的請求及びその余の予備的請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事案の概要及び争点

第一 控訴の趣旨

一 原判決を取り消す。

二 被控訴人澤田ノリ子は、控訴人澤田君代に対し九六万三四一九円、同澤田賢治に対し九〇万五〇一九円、同平野達也に対し一〇八万三一八二円、及びこれらに対する平成四年五月二二日から各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

三 被控訴人澤田章代は、控訴人澤田君代に対し二二万八〇五八円、同澤田賢治に対し二一万四二三四円、同平野達也に対し二五万六四〇九円、及びこれらに対する平成四年五月二二日から各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要及び争点

控訴人らは、遺産分割審判により控訴人らが取得するものとされた不動産の一部は、相続開始後、右審判前に共同相続人らが第三者に売り渡していたとして、他の共同相続人である被控訴人らに対して、主位的に不当利得返還請求、予備的に担保責任による損害賠償の請求をする。

一 争いのない事実及び証拠等により容易に認定できる事実(証拠等の挙示のない事実は争いがない。以下「争いのない事実等」という。)

1 澤田秀章は、別紙物件目録一記載の土地(以下、「旧八番二の土地」という。)を所有していたが、昭和六三年五月三日死亡した(甲一号証、四号証)。

2 澤田秀章の相続人は、その妻である被控訴人澤田ノリ子、いずれもその子である控訴人ら三名及び被控訴人澤田章代である(甲一号証)。

3 控訴人ら及び被控訴人らは、平成元年一二月一九日、旧八番二の土地を別紙物件目録二記載の土地(以下「現八番二の土地」という。)と同目録三記載の土地(以下「八番六の土地」という。)に分筆したうえ、そのころ、八番六の土地について法定相続分に従った各人の持分(被控訴人澤田ノリ子は二分の一、控訴人ら及び被控訴人澤田章代は各八分の一)を、それぞれ徳島県に売り渡した。右売買代金は、被控訴人澤田ノリ子を売主とする分が四〇五万三七五〇円、その他の四名の分は各一〇一万三四三八円(合計八一〇万七五〇〇円)であり、控訴人ら及び被控訴人らは、右各売買契約から間もなく、それぞれ右代金を受領して、徳島県に対して右各持分についての移転登記をし、八番六の土地を引き渡した。

(以上につき、甲五、六号証、弁論の全趣旨)

4 徳島家庭裁判所は、平成四年三月一八日、澤田秀章の遺産についての遺産分割審判をした(同裁判所平成三年(家)第三五二号、同年(家)第六六九号、以下「本件審判」という。)。右審判において、控訴人らは、八番六の土地を含む旧八番二の土地及びその他の不動産を共同して取得し、控訴人らは、被控訴人らに対して、右各不動産取得の代償金を支払うものとされた。

5 控訴人らの代理人弁護士は、平成四年三月末ころ、本件審判の審判書の送達を受けたが、即時抗告等の不服申し立てをしなかった(甲一一号証)。被控訴人らは、本件審判に対して即時抗告の申立をしたが、平成四年五月二二日これを取り下げ、同日、本件審判は確定した。

6 控訴人らは、被控訴人らに対し、平成五年五月二七日到達の内容証明郵便により、本件審判は前記旧八番二の土地の分筆及び八番六の土地の売渡しの事実を看過したもので、被控訴人らは徳島県から受領した前記3の売買代金を控訴人らに支払うべきであるとして、控訴人らの支払うべき前記代償金と右売買代金の差額の支払を求めた(以下「本件請求」という。)。

二 争点

1 被控訴人らの不当利得の成否

控訴人らは、概ね「本件審判のうち、旧八番二の土地の一部である八番六の土地に関する部分はこれが当時遺産でなかったことからして無効である。しかし、右無効部分について、再分割又は担保責任の問題として処理するより、公平を計る処理をすれば足りる。八番六の土地についての被控訴人らの相続分に応じた代金相当額の取得は、右の審判の一部無効により公平を欠くこととなり、法律上の原因なくして利得したものといってよい。」と主張する。

2 損害賠償請求権の除斥期間(民法九一一条、五六四条)の起算点

控訴人らは、予備的に民法九一一条、五六三条三項による損害賠償請求をするが、次のとおり、被控訴人らは右損害賠償請求権の除斥期間が経過していると主張するのに対し、控訴人らはこれを争う。

(被控訴人らの主張)

控訴人らは、本件審判前から旧八番二の土地の一部である八番六の土地が売り渡されたことを知っていたから、民法五六四条にいう「悪意」であり、遺産分割審判の場合においては、同条にいう「契約の時」とは「審判の告知のあった時」と解すべきところ、本件審判は、平成四年四月末までには控訴人らに告知されているから、遅くとも、平成五年四月末日には控訴人ら主張の損害賠償請求権の除斥期間が経過した。

(控訴人らの主張)

控訴人らは、本件審判当時、右審判において、その一部が既に遺産ではない旧八番二の土地が遺産分割の対象とされたことを知らなかったから、民法五六四条にいう「善意」である。そして、控訴人らが、右事実を知ったのは、控訴人らが、本件審判の確定証明を受領した平成四年一二月一二日ころより前ではあり得ないから、控訴人らの損害賠償請求権の除斥期間の始期は早くても右のころであり、控訴人らは被控訴人らに対し、この時から一年経過前に本件請求をした。

3 損害額

控訴人らは、徳島県に対する旧八番二の土地の前記売買代金の額を基礎として損害額を算定しているところ、被控訴人らは、右算定方法を争う。

理由

一  被控訴人らの不当利得の成否について

控訴人らの主張はいかなる給付を捉えて被控訴人らの利得の原因というのか明確ではないが、徳島県から被控訴人らに対する八番六の土地の持分権の売買代金の支払をいうのだとすると、これが不当利得になるとは認められない。その理由は、原判決三枚目表七行目ないし末行と同一であるから、これを引用する。

また、本件審判によれば、前記のとおり控訴人らから被控訴人らに対して代償金を支払うべきものとされているが、弁論の全趣旨によれば、右支払は未だなされていないことが認められるから、被控訴人らが右代償金を利得したとはいえない。

他に、本件審判における旧八番二の土地の処理に関連して、被控訴人らが何らかの不当利得をしたことを認めるべき証拠はない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの主位的請求はいずれも理由がない。

二  損害賠償請求権について

争いのない事実等3、4によれば、本件審判は、既に一部が遺産に属さなくなった不動産を遺産分割の対象としたものであるが、このような審判が確定したときは、審判により当該不動産を取得するものとされた相続人は、他の共同相続人に対して、民法九一一条、五六三条三項により損害賠償を請求することができるものと解される。

この場合、審判時において、一部が遺産に属しない不動産を取得すべきものとされた相続人が右事実を知っていた場合であっても、審判は家庭裁判所が行うものであるから、右相続人が同法五六三条三項にいう「善意」でないとしてその損害賠償請求権の取得が否定されることはないと解すべきである。なぜなら、目的物の一部が他人に帰属することを知りながら、その全部について買い受ける契約をした者は、他人に帰属する部分を取得できない可能性を予期しながら自らの意思で全部の売買契約をしたのであるから、売主に対する損害賠償請求権を認める必要がない(民法五六三条三項)。これに対し、遺産分割審判においては、共同相続人の認識やその意欲するところがそのまま遺産の範囲の決定や具体的な分割方法に反映されるものではなく、したがって、ある共同相続人が取得するものとされた目的物の一部が遺産に属しない場合、当該相続人がそのことを知っていたからといって、通常は自ら選択してその目的物の分割を受けたとはいえないから、当該相続人に担保責任に基づく損害賠償の請求を否定するのは相当ではないからである。

したがって、本件の場合、争いのない事実等3によれば、控訴人らは、本件審判前から、旧八番二の土地が既に分筆され、分筆により生じた八番六の土地が共同相続人全員から徳島県に売却されていることを認識していたと認められるが、なお他の共同相続人である被控訴人らに対して右担保責任に基づく損害賠償請求権を取得したものということができる。

三  損害賠償請求権の除斥期間について

1 本件のように遺産分割審判により控訴人らが取得するものとされた土地が既に売却されていたため控訴人らが取得できない場合の民法九一一条、五六三条三項の損害賠償請求権の除斥期間は、控訴人らが、(1)その土地が既に売却されていること、(2)本件の遺産分割審判がなされ、その土地を控訴人らが取得するものとされたこと、(3)本件の遺産分割審判が確定したこと、の三つを知ったときから進行するものと解すべきである。

民法五六四条は「悪意ナリシトキハ契約ノ時ヨリ」除斥期間が進行するとし、ここに言う「悪意」とは「売買ノ目的タル権利ノ一部カ他人ニ属スルニ因リ売主カ之ヲ買主ニ移転スルコト能ハサル」ことを知っていたことを意味すると解される。しかし、同条は売買契約に関する規定であって、買主は自ら売買契約を締結するのであるから、同条は結局、取得できない権利に対し対価を払うべき事態に至ったことを知った時点から除斥期間が進行するものとしていることになる。

これに対し、九一一条、五六三条の場合には、家庭裁判所が審判をもってそのような事態に至らしめるのであるから、当事者はそのような事態に至ったこと、つまり前記(2)、(3)の事実を知らなければ、除斥期間は進行しないというべきである。そして、遺産分割の家事審判は確定しなければ効力が生じないから、審判が確定したことも知らなければ除斥期間は進行しない。

2  本件についてこれを見るに、控訴人らは本件審判前から旧八番二の土地の分筆及び分筆された八番六の土地の売却の事実を知っていたことは前記のとおりである。

徳島家庭裁判所の遺産分割審判は平成四年三月一八日になされ、右土地を控訴人らが取得するものとされていたところ、控訴人らが右審判書を同年三月下旬ころ受領しているから、遅くとも即時抗告期間満了時までには、その審判がされたこと、及びその内容を知ったものと認められる(これに反する控訴人らの主張は認められない。)。

争いのない事実等5記載のとおり被控訴人らは即時抗告をしたものの、その取り下げによって本件審判は平成四年五月二二日に確定しているが、甲一一号証によれば、控訴人らは、同年四月下旬に右即時抗告がなされたことを知ったが、これが取り下げられたことを知ったのは同年九月に入ってからであることが認められ、これに反する証拠はない。

3  そうすると、控訴人らの損害賠償請求権の除斥期間の始期は、早くとも平成四年九月一日であると解すべきところ、争いのない事実等6によれば、控訴人らは、被控訴人らに対し、右の日から一年内である平成五年五月二七日の内容証明郵便により右損害賠償請求権を行使したものと解することができる。

したがって、控訴人らの被控訴人らに対する民法九一一条、五六三条三項にもとづく損害賠償請求権が除斥期間の経過により消滅したとは解されない。

四  損害賠償額

1  控訴人ら三名は、本件審判により共同して取得するものとされた物件目録三の土地一〇八一平方メートルを現実に取得できなかったところ、この土地の審判時(確定時も同じ)における時価は、一九四五万八〇〇〇円(審判認定の物件目録一の土地の価格を面積により比例配分計算)であると認められる(甲一号証)。

控訴人らは、右土地を、控訴人澤田賢治が三四、二五三、八四二円、同澤田君代が三六、四六四、二〇六、同平野達也が四〇、九九七、〇八五の割合で取得するものと審判で定められた(甲一号証)から、その損害額は次のとおりとなる。

控訴人澤田賢治

五九六万六一六八円

同澤田君代 六三五万一一五九円

同平野達也 七一四万〇六七三円

なお、控訴人らと被控訴人らは前記のとおり八番六の土地の売却代金を法定相続分により取得しているが、これは控訴人らと被控訴人らにおいて遺産の一部につき法定相続分により分割する旨の合意があって、このように代金を取得したものと推認される。したがって、この代金の取得は控訴人らの損害又は被控訴人らの利得の算定にあたり考慮しない。

2  甲一号証によれば、本件審判では控訴人ら・被控訴人らの具体的相続分は次のとおりとされている。

被控訴人澤田ノリ子

一億三九一〇万五一七二円

控訴人澤田賢治

二九〇五万六二五三円

控訴人澤田君代

三〇九三万一二二一円

控訴人平野達也及び被控訴人澤田章代 各三四七七万六二九三円

3  そこで、控訴人ら各自は、右1の損害額に右の被控訴人ら各自の具体的相続分の全体に対する割合を乗じた額を被控訴人ら各自に請求できることになるところ、その額は控訴人らの被控訴人らに対する請求額(元本)を上廻っているから、控訴人らの被控訴人らに対する請求(元本)は理由がある。

4  しかしながら、これに対する遅延損害金の起算日は、この請求権を行使して支払を求めた日の翌日である平成五年五月二八日とすべきである。

五  結論

以上によれば、控訴人らの本訴請求のうち主位的請求は理由がないから棄却すべきであり、控訴人ら主張の各金額(元本)及びこれに対する平成五年五月二八日から各支払済みまで民法所定各年五分の各割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よって、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条但し書、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官河田貢 裁判官佐藤明)

別紙物件目録〈省略〉

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